久米宏です ニュースステーションはザ・ベストテンだった

今日は、お仕事はお休みでした。今日は予定外の予定(笑)になって楽しい一日になりました。感謝です。夜に興味深い番組をしていました。

久米宏です 「ニュースステーション」は、「ザ・ベストテン」だった

中居正広、久米宏を絶句させる「『報道ステーション』は見ていましたか?」

久米宏さんと黒柳徹子さんが、11月17日放送の『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系、毎週金曜20:57~)で、4年ぶりに共演。伝説の音楽番組『ザ・ベストテン』の名司会コンビである2人が、当時の番組作りや思い出などを語り尽くしました。

9月に発売された久米の初の書き下ろし自叙伝「久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった」は、久米がTBSに入社してから50周年を迎えるにあたり、メディアに生きた日々を振り返ったドキュメント。現在、同書に書かれている内容が、特にテレビ業界において大きな話題を呼んでいる。

ニュースステーション』(テレビ朝日系)によって“ニュースを変えた男”と言われている久米だが、『ニュースステーション』の原点は、黒柳と共に司会を務めた伝説の音楽番組『ザ・ベストテン』だったという。

世の中で起きていることを伝えるのが生放送のテレビの使命、若い世代にもニュースを伝えたい。そのときの久米の思いが『ニュースステーション』の「中学生でもわかるニュース」というコンセプトになったという。

さらにスタジオでは、MCの中居正広が、久米へ現在のテレビ番組について質問。「『報道ステーション』は見てましたか?」の問いに久米は絶句。その後「辞めた当初は見られなかったが、古舘君の放送を見て“辞めなければよかった……!”という思いが湧いた。73歳となった今でもできたかもなと思う時がある」と心の内を明かしていた。(テレビドカッチより抜粋)

「ニュースステーション」の日航機の靴の話

ザ・ベストテン」も「ニュースステーション」は、アラ還世代の青春ど真ん中の番組でしたよね。どちらも観ていましたが、生放送にかける2人の情熱が凄い物だったのだなと感動しました。

「ニュースステーション」で、久米さんは中継にもこだわったそうです

現在では中継現場から臨場感ある映像を見せるのは主流になっていますが、これを最初に効果的に放送したニュース番組が「ニュースステーション」だそうです。

私が興奮したのはフィリピンのマルコス大統領が亡命すると言うニュースを事前に知っていて、生中継で、それをオンエアしようとしたら、海外のメディアに生放送の回線を全部とられてしまった話でした。

現地の最新映像が全く入ってこなくなってしまった、そんな大ピンチの状況の時も久米さんは、現地のレポーターとの生電話で現場の緊張感を伝えようとしたそうです。

そして、その時の現地のリポーターが、なんと安藤優子さんだったそうです。

彼女は海外メディアがスタジオから自分の国へと流してる内容を英語が出来るので全てを聞き取る事が出来て、それをそのまま電話で久米さんと話して、そしてオンエア中にマルコスが亡命をしてマルコス政権が崩壊してアキノ政権が誕生した事を番組内に放送が出来たそうです。

その時の視聴率が19.3%で、それがきっかけで、世間に認められて18年間も「ニュースステーション」が続く事になったそうです。

それと、もう一つ涙が出た話が、JALの御巣鷹山の「日航機墜落事件」の事でした。久米さんは500人以上の犠牲者が出た事をいかに酷い事かを伝える方法を考えていたそうです。

アシスタントをしてた小宮悦子さんのインタビューも見つけたので、書いておきますね。

久米さんの発案で、多くの犠牲者を象徴するものとして520人分のくつをスタジオに並べたのです。「これがテレビの表現なんだ…」その映像を見て、小宮さんは雷に打たれたような衝撃を受けたそうです。「あれで、この番組のために生きていこうと思いました。あれが番組に恋をした瞬間です」と小宮さんは振り返ります。こうした新しい表現にチャレンジし続けた『ニュースステーション』は、のちに「日本のニュースを変えた」と言われるようになりました。

「ザ・ベストテン」の中継の話

生中継といえば『ザ・ベストテン』の代名詞です

中継先で様々なハプニングが起こり、視聴者はそのドキドキ感からテレビに釘付けとなっていました

番組では、そんな今では信じられない『ザ・ベストテン』の中継の様子を紹介。

田原俊彦は新幹線から松田聖子は空港から、近藤真彦は国道を走る車内から、

世良公則&ツイストは新潟からの中継でファン5000人が詰め掛けた

さらに実家の前から中継で歌ったアーティストや、ファンの自宅前から中継で歌った人もいた。(テレビドカッチから抜粋)

もう、今では中継なんて出来ない場所からの映像は、今観ても、ドキドキとして臨場感と緊張感満載の感じでした。

アラ還の独り言

テレビの創成期から頑張っておられる「黒柳徹子」さんと日本のテレビのニュース番組の基礎を作られた「久米宏」さんのツーショットだけでも、見ごたえが有りました。

久米さんが現地からの映像が無くても、絶対に言葉だけで緊張感や臨場感を伝えられるのは音声だけで、何処まで伝えられるかというTBS社員の時のラジオ番組でのキャリアから裏付けられた自信からやと思います。

料理研究家でイラストレーターの「和田 誠」さんの奥さんの「平野レミ」さんとラジオの番組をされてて彼女の人気に火をつけて世に出したのも久米さんです。

「黒柳徹子」さんも「徹子の部屋」とか「世界ふしぎ発見」も長寿番組ですが、資料とかゲスト方が書かれた本も徹底的に読み込まれて下調べをされていますと言われてました。

お二人とも、生番組で鍛えられたので、今のテレビ界に生放送が無いのを憂いておられました。緊張感が作り手にもないので、面白い番組が無くなっていると言われてました。

ザ・ベストテン」の様な伝説の番組は鮮やかに、その時代を蘇らせますよね。

平成も30年で終わろうとしていますが、これも昭和の古き良き時代、アラ還世代が見習うべきお2人ですね。

黒柳徹子さんには、お元気なうちに生で舞台でも行ってお会いしたいと思いますね。

今日に出逢った皆さんに感謝です。そして、私にも、ありがとう。

TO BE CONTINUED・・・

続く・・・

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