1974年のオリコンベスト10

今朝は新聞開いたら中村雅俊さんが私の目に飛び込んできました。

「懐かしい~」

オリコントップ10

1974年10月

当時のオリコントップ10も書いておきますね。

1 ふれあい       中村雅俊

2 よろしく哀愁     郷ひろみ

3 ちっぽけな感傷    山口百恵

4 想い出のセレナーデ 天地真理

5 恋の大予言/上級生  フィンガー5

6 精霊流し      グレープ

7 岬めぐり      山本コータローと

ウィークエンド

8 傷だらけのローラ  西城秀樹

9 理由        中条きよし

10 北航路      森進一

懐かしいです。

私、中村雅俊さんのファンクラブに入ってました(笑)

垂れ目の雅俊さんが優しそうで好きでした。

バンカラ大学生のイメージで、いつもジーパン下駄だったので、ファンクラブの会員のバッジも下駄だったと思います。大切に持ってました。

「俺たちの旅」良かったです。小椋桂さんの絶頂期でしたね。

まだ第一勧銀の銀行員されてて髪の毛も、かなりおありでしたね。

ドラマのエンディング曲

「ただ、お前がいい」が、かかる時には大体涙でウルウルしてました。大学生という存在が、凄く大人で憧れました。

郷ひろみさんとの思い出

オリコン2位の郷ひろみさんにも、懐かしい想い出があります。

アメリカの高校時代の話

私は高校3年の時に交換留学でアメリカに行き卒業してきたのですが

アメリカの高校はほとんどが選択授業で、その生徒のレベルに合わせた授業が色々有りました。たまたま、数学はAlgebra3(代数3)という上級の科目を取ったのですがそれを選択してるのは、優秀な生徒で、大体、「科目の選択を尋ねると生徒のレベルが分かる」そんな感じでした。

朝来ると自分の一応所属するホームルームの教室には行きますが、チャイムが鳴ると、即移動です。1科目、1科目、大きな学校の中を自分の選択した科目の先生のクラスへと移動していくのです。

いよいよ数学の時間です。数学の苦手な私が英語も全然話せないのに、「どうやって苦手な数学の勉強をするねん!」と不安でいっぱいで担当のMR.KING(今思えばセサミストリートのマペットにそっくりだった)の待つ教室に入りました。

私が滞在してたのはNorth Carolinaと言う南部に位置する州で、ニューヨークフロリダの間に位置してました。その当時も、つい3年前に白人と黒人の暴動が起こったそうで、日本にいたら人種差別って露骨に受ける事はないですが、アメリカは、厳しい差別が、まだまだ有った時代でした。その当時は白人が行くBeach(海岸)と黒人が行くBeach(海岸)は区別されていて、住む場所も、勿論はっきりと区別されていました。日本人はyellow(黄色人種)とか、jap(これは日本人を蔑んだ差別用語です)と呼ばれました。

とにかく黒人は差別されていたので上級クラスにいる人は本当に少なくて黒人の間でも憧れられていて超エリートだったと思います。

そうなんです。そのクラスにいた黒人のエリート郷ひろみさんにそっくりな男の子Brian(ブライアン)だったのです。やっと登場してくれました(笑)

差別されてる日本人と黒人は同じ扱いの感じです。黒人は個人対個人では、優しいのですが、個人対グループになれば急に態度が変わります。冷たくなります。1人の時は私に近寄って来て、「その靴は何処で買ったの?」「その洋服は何処で買ったの?」と女子は色々と聞いてきてくれたりしていましたが、それがグループになって歩いていると私を無視するみたいな感じです。

ブライアンとは仲良くなったので、私は郷ひろみさんと仲良くなった気持ちになり、それまでは興味有りませんでしたが、彼に関しては遠い親戚みたいな気持ちでいます(笑)

山口百恵さんとの思い出

次にトップ3の山口百恵さんですが、本当に彼女と三浦友和さんの大ファンでした。「赤いシリーズ」の「赤い疑惑」「赤い衝撃」などのドラマに完璧にはまっていました。家にお風呂が無くて「銭湯」(懐かしい絶滅危惧用語)だったのですが、幼なじみと慌てて、ドラマに間に合う様に必死に「銭湯」から戻って来てました(笑)

話は高校留学時代に戻りますが、留学中にホームシックになり、その頃のヒットソングの録音を(その時代はテープ)友達が送ってくれた中に山口百恵さんの 「秋桜」が入っていました。母親に感謝を捧げる歌詞の心境が、まさに私の当時の気持ちそのままで聴いてはシャワーしながら、「オイオイ泣いていた」ものです。私の人生の大切な一曲になっています。最近は息子さんの三浦佑太朗君が、百恵さんの歌のカバーをされてて歌番組を見ては、これも「よくぞ、ここまで大きくなられましたね・・・」とまた、ちびまる子ちゃんではないですが遠い親戚を見るように涙ぐむアラ還の私です。

7位の山本コータローとウイークエンドの「岬めぐり」も甘酸っぱい想い出が有ります。

当時、私の好きだった隣のクラスの彼がバンドを作って歌っていたのをこっそりと見に行って「ドキドキ」していました(笑)なので、今も、この歌のイントロを聴くだけで、あの時の私に戻って胸がキュンとしてきます。あっ、この瞬間も私の耳にBGMとして、あの「岬めぐり」が聴こえています。

ベスト10の曲名を見ただけで、かなり気持ちが「グラグラ」してきました。

沢田研二さんとの思い出

「追憶」の時の「ジュリー」も全盛期で美しかったですね。あんなに美しくて「和製アラン・ドロン」と言われてた「ジュリー」は、一体どこに行ってしまったのでしょうか・・(笑)田中裕子さんと再婚されて本当にジュリーは幸せになられたのだと納得しています。「そう思うしかない!」(笑)

コンサートも3回は行きましたが衣装が、はち切れそうで少し痛かったです。昔の曲は、あまり歌われないので、そこも辛かったです。しかしアンコール「時の過ぎ行くままに」イントロが聴こえてきた時は還暦以上の当時のファンの方は「キャーッ!」と叫ばれてましたが歌が始まると、ほとんどの方は泣いておられました。

「歌」って、すぐにその当時に戻る事が出来るので本当に凄いですよね。嬉しい事、悲しい事、いろんな気持ちを抱えて、その当時は聴いていたのですよね。思い出しても、そこを乗り越えて来た自分を褒めてあげたいです。

ちょうど今50周年記念コンサートされてて、昔のヒット曲を沢山歌われると聞きましたので

チャレンジしようかな。

今日、出逢った皆さんに感謝。そして、私にもありがとう。

TO BE CONTINUED・・・

続く・・・

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