テレビでBSのNHKの「プロファイラー」の再放送をしていました。
今回は「アインシュタイン」でした。
アインシュタインの脳は、どうなってたの?
アインシュタインの脳
天才と呼ばれるアルベルト・アインシュタインの脳は、死後に
家族の許可なく彼の体から取り出され、40年間研究に使われたそうです。
アインシュタインの脳は分割されて研究者たちに分けられたため、
すでに全体は残っていないとのことです。
(「GIGAZINE」より出典)
凡人の脳の構造と何が違うの・・?
・「脳」の「シワ」と「ミゾ」が浅かった
アインシュタインの脳を死亡した後に詳しく調べたら、
分かった事です。
脳の構造は、通常、「左脳」と「右脳」にわかれて、
その間に、「シワ」というか「ミゾ」が有ります。
それが、アインシュタインの脳は、普通の人より、
浅かったそうです。
・左脳と右脳の間の情報交換が活発
これが、どうゆうことを意味するかというと、
普通の人よりも、「左脳」と「右脳」の間の情報交換が
活発に行われて、情報伝達のスピードも速かったというです。
よく言われる「頭の回転」が速かったのです。
そして、アインシュタインの脳の構造は、
左右の脳の能力差がスバ抜けて、少なかったというです。
普通の人からは、うらやましい「脳力」です。
アインシュタインの脳は左脳と右脳のミゾが浅く、情報伝達がスピード早く、また左右の脳の能力差も極めて少なかった。
・「脳」の重さは軽かった
ここで、天才といわれるアインシュタインの脳は、さぞかし
「脳が大きかった、重たかったのではないか?」
と思いますよね。
そこで、アインシュタインの脳の重さと大きさなのですが、
アインシュタインの脳の重さは、1230g
この重さがどうかというと、
一般の男性の脳の重さの平均は、1400g
実は、なんと平均より、270gも、脳の重さは軽かったのです。
驚きですよね。
頭が良い人は、「脳ミソ」がいっぱい詰まっていて、
「脳」が重いし、大きいと思ったのですが・・・
このことから、
「頭が大きいから、頭が重いから頭がいい」
というのは、迷信ということですね。
アインシュタインの脳の重さは平均より軽かった・「落ちこぼれ」だった
また、アインシュタインは、実は、学校の成績は良く
ありませんでした。
いわゆる、なんと「落ちこぼれ」だったのです。
天才と呼ばれる人は、普通の人とは違った感性や見方、
考え方があって、凡人のための既存の教育では、
推し量ることができなかったんでしょうね。
・「脳」の神経細胞の数は普通の人と同じ
そして、
「脳の神経細胞の数はどうだったのか?」
ということですが、これも普通の人と
変わりありませんでした。
アインシュタインの脳の神経細胞の数は、
普通の人と同じだったのです。
アインシュタインの脳の神経細胞の数は、普通の人と同じ
・「グリア細胞」が違っていた
しかし、実は、ある細胞が普通の人とは明らかに
違っていました。
その細胞の名は「グリア細胞」
アインシュタインの脳には、この「グリア細胞」が、
普通の人に比べて、はるかに数が多かったのです。
「グリア細胞」とは・・?
この「グリア細胞」が、どんな細胞かといいますと、
「神経細胞」に、酸素や栄養分を送り、
「神経伝達」がスムーズに行われるようにする働きを
もっている細胞です。
また、この「グリア細胞」の働きは、それだけではなく、
傷ついたダメージを受けた「神経細胞」を見つけ出して、
その傷ついたところを保護して、さらに、傷ついた
ダメージを受けた「神経細胞」の修復を早める働きも
するのです。
そして、「グリア細胞」は、「神経細胞」の成長を
促進して、
「記憶や学習に関わる脳の働き」
に大きく関与しているのです。
アインシュタインの脳は、神経細胞の成長を促進して記憶や学習に関わる脳の働きに大きく関わっている「グリア細胞」が極めて多かったこのことから、アインシュタインの脳は、
普通の人よりも、桁外れで脳の働きが活発だった
ということが、科学的に証明されていました。
(「まこっちパパの虹色生活情報便」より抜粋)
アインシュタインの幼少期が凄い!
5歳頃まで、あまり話せなかった
アインシュタインは、幼少の頃は、言葉を、理解したり話したりする、
という面では、一応は大丈夫だったのですが、言葉を出すのには
時間を要したと言われていて、5歳頃まで、あまり言葉を話さなかったと
伝えられています。
5歳のときに父親からもらった方位磁針が、自然界の仕組みに
対する興味をもたらす、きっかけとなりました。
6歳の時に「モーツァルト」
6歳頃にはヴァイオリンを習い始め、すぐに「モーツァルト」
の曲が好きになり、ヴァイオリンは生涯の友となりました。
9歳の時に「ピタゴラスの定理」
数学に関しては傑出した才能を示し、9歳のときに
「ピタゴラスの定理」の存在を知り、その定理の美しい証明を
寝る間も惜しんで考え、そして自力で定理を証明したそうです。
12歳の時に「ユークリッド幾何学」
12歳のときに叔父から「ユークリッド幾何学」の本をもらい独習。
微分学と積分学も、この当時に独学で習得したといわれています。
同じ頃、医学生だった「マックス・タルメイ」から「天文学」の
存在を知らされ、同時に「物理学」に関心を示すようになったそうです。
ノーベル賞のきっかけとは・・?

「アラ還の独り言」